日本橋モラロジー事務所、代表世話人からのご挨拶

日本橋モラロジー事務所代表世話人 大久保 章

令和元年5月1日

 いよいよ令和の時代が始まりました。上皇陛下、本当に有難うございました。4月の退位の儀式等で国民が涙を流して感謝している場面を見て、上皇陛下の30年間の象徴としてのお役目が国民に伝わったのだと感じました。そして、上皇陛下の退位礼正殿の儀の降壇の際に上皇皇后をご心配されてお手を出された様子。その後、退出の際にも立ちどまり周囲の方々が驚いた様子でしたが、私には上皇皇后をお気になされて立ちどまったように感じました。一番身近な皇后(奥様)に思いやりの心を発揮すること。
 モラロジーでは言われていることですが、上皇陛下の御振る舞いを拝見してお手本(象徴)を見た気がしました。今上陛下も大変皇后を大事にされていると報道でお聞きしています。このお手本を大事にしたいものです。

 


代表コラム


伊勢講と伊勢神宮の精神

  

先日、日本橋事務所の維持員の方々と伊勢参拝に行って参りました。同行した坂東市の維持員の方から、坂東にある香取神社には伊勢参拝にお参りした方々の木札が貼ってあるそうです。本殿の中に昭和以前の方々の名前もあり、村の方々の代表で参拝されたようです。まさに、伊勢講(伊勢参宮を目的とした講で、旅費を積み立て代表が参詣した)が残っているということでびっくりしました。伊勢信仰が村の歴史の中で現存すること、すごく大事に感じます。また、今回も山中講師にご講義をいただきました。

その中で、伊勢神宮の精神を学びました。12月31日15時から大祓と言って神宮の大宮司以下の・楽師、職員約600名が全員五十鈴川(いすすがわ)で新年を迎えるにあたり、半年間の罪・穢れを祓い清める儀式をするそうです。まさに自己反省神意実現ということだと思います。そして、美しい心、綺麗な心で国民が幸福でありますように祈られるそうです。私たちもそんな気持ちで初詣や皇居一般参賀に臨みたいです。

あああいいいうう

平成三十一年一月度


“気づき”がモラロジーの学びの原点

  

以前、先輩方と最高道徳を学んでいるときに、“気づき”と言うことをよく言われました。その時にはあまりこの“気づき”が理解できませんでした。ところが、妻と開いているオリーブの会で、30回を過ぎた時に弱音を吐きました。「もう自分の体験は話し尽くしたので、同じ話をするかもしれない」と。しかしそれから、自分の中での”気づき“が始まりました。

1ヶ月の間に次のテーマの内容の体験や社会の出来事や読んだ書物の中に必ずテーマにあった内容が出てくるのです。この気づきについてジェフリーM・シュウォーツは「心が脳を変える」の中で『「気づき」には意志的な努力が必要なのだが、その結果としていちばんすばらしいのは、自分の感覚や思考を、まるで外部者のように澄んだ穏やかな気持ちで観察する力が身につくことだ。「悟り」によって自分の心から離れ、別の誰かに起こっていることを観察するように自分の心を見つめることができる』。この”気づき“が最高道徳を深めていくことに気づかされました。

平成三十年十二月度


高校の教科「保健」の単元

  

私はこの3月まで体育教師として40年間を過ごしました。高校では体育以外に「保健」という教科を教えてきました。「保健」の教科書には「結婚と健康」という単元があります。この単元は当然、結婚することを前提に内容が汲まれていると思います。最近、「生産性がない」という論文を書いて議論を浴びた議員がいました。その論文の議論によって雑誌が廃刊になってしまったようです。人間には様々な人がいて良い。様々な人種、考え方、個性があることで間違った方向性を正すことも出来ます。そんな現在でも結婚という単元を教えなければなりません。

私は授業で「人間という動物として、種族保存の本能が重要」だと話してきました。平成23年には日本で絶滅した朱鷺(ニッポニアニッポン)の人工繁殖が行われました。鳥でさえ種族保存のために人間が努力しているのに、人間が・・・。授業を持った高校生の中に御所、翁像、後久という名字の生徒がいて、結婚して名字を残したいと言っていました。若者にもそんな考えの人がいます。

平成三十年十一月度


エコはエゴ

  

またも北海道の地震で厚真町の36名の方々が亡くなられました。亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。本当に自然災害が多発していますね。しかし、これらの災害も自然の法則によって起きたものです。モラロジーを学んでいる私たちは自然の法則に従って生きなさいと教えられてきました。「この宇宙を動かしているのは、混乱ではなく秩序です。その一部である私たちの人生や社会を根底で支配しているものも同じ秩序であり、それは、不正義や不公平さではなく、正義と公平さの上に成り立っているのです。」(ジェームズ・アレン「原因」と「結果」の法則)自然と人間との関係で、薬師寺録事の小林澤應氏は「エコとは上から目線のエゴではないか。」と話されています。

エコロジー(エコ)とは「環境に配慮している」という意味で使われています。環境を壊した人間が自ら環境を整えようというのはある意味人間のエゴではないか。人は自然の中で自然と供に生きているのですから。

平成三十年十月度


本部講座受講

  

8月11日から14日まで第4回本部講座を受講してきました。参加者142名で満員。東京から36名、日本橋事務所からの参加は5名の集団受講でした。私は論文講座を受講。原典研究の意義で松浦勝次郎講師は「時間が経てば立つほど、論文の行っていることが正しい。」また、「最高道徳実行をする人には学問・知・知識・経験及び積徳の深浅にしたがって、その味わいが異なってくる」という文章が心に残りました。

平成三十年九月度


西日本豪雨災害

  

西日本豪雨災害による維持員の被災は31件あったようです。皆様の一刻も早い復興を願っております。しかし、また自然災害が起きてしまいました。四季があり自然豊かなわが国ですが、台風、豪雨、地震や津波という自然現象も受け入れなくてはなりせん。いにしえの人々はこんな時、お寺や神社を建立して神仏に祈っていました。できることなら災害が起きないようにお寺か灯籠でも建てたいですね。今回の災害に対して自然災害か人災か様々な意見があります。7月19日に都立高校の体育館での集会中に何人もの生徒が熱中症になり、マスコミが取り上げました。翌日の高校終業式はこれを受けて冷房の効いた教室で、校内放送により式を進めたそうです。

私の学習指導員をしている小学校では、冷房が非常に効いていて私は長袖の上着を着ていないと堪えられない状況です。小学校のこういう環境下で生活していた子どもたちは、高校での暑い体育館での集会は無理です。涼しい教室にいる子どもたちは、自分の危険を察知する能力が育つのでしょうか?

平成三十年八月度


多様性、自主性に疑問 (その2)

  

今年度から小学校で道徳が教科化されました。道徳の授業や学校生活の中でどのように道徳を指導しているか、大変興味がありました。小学校の現場を2ヶ月体験して、先生方の日々の生活指導がまさに道徳であると実感しました。小学校3年生の地域見学の授業。まず外出する前に児童に何を注意するべきかを質問。生徒は「人に迷惑をかけないようにする」、その為にはどうしたらよいかを指導。(残念。「人に迷惑をかけないとは、他人に対して思いやりの心を持つこと」まで指導できれば・・・)地域見学に出ると2列でキチンと並んで歩くことに先生は一番気を遣っていました。日本人が列に並ぶことを当たり前のようにできる理由がここにありました。

では道徳の授業はどうかというと、ある項目に対して考え、議論するという展開を進めています。つまり、多様な考え方を育てその中から必要な価値に気付かせる授業なのです。しかし、本当に必要な答えは一点、他人に迷惑をかけない深い思いやりの心を育てることではないのでしょうか。

平成三十年七月度


多様性、自主性に疑問 (その1)

  

お陰様で退職後出身小学校にて、学習指導補助員をさせていただいています。高校教員40年の経験の私には違う校種は驚きの連続です。例を挙げると、小学生の事件が多発の為名札は登校して付け、下校の際には置いていく。休み時間に鬼ごっこをしていた児童が怪我をし、親からのクレームがあり鬼ごっこの禁止。そして、驚いたのは算数の授業。“九九を見なおそう”という単元で10×6をどう解くか。小学校3年生は一桁のかけ算しか習っていません。そこで、10×6を様々な考え方で解くのです。例えば5×6と5×6を足す。様々な考え方を持つことは良いことだと思います。しかし、10×6は60と簡単に覚えるのも重要ではないでしょうか。

多様な考え方を持つことと、一つの答えをすぐに出せること両者を身につけるべきだと思います。児童がその先に高校生になり大学生になり社会人になったとき、一つの答え(標準)を自分の中にもっていることが、今、大変重要に思えてなりません。

平成三十年六月度


出雲を訪れて

  

3月末に島根県出雲を訪れました。出雲の地は自然と神と人とが古代さながらに一体化している空間であると感じました。そのことを藤岡大拙の著「神話の聖地出雲」に『江戸時代の学者本居宣長は、「やまと心」という表現を用いて、日本人の原点は古代人の生活の中にこそ在る、と説いている。恐らく「自然との共生」というのが主たる思想であると思うが、一体私たちは何処にそれを求めたらよいのであろうか。その答えを与えてくれるのが、自然と神と人とが古代さながらに一体化している空間が至るところに存在する、出雲の地なのである。』と書いています。モラロジーの考え方でもある自然との共生、自然の法則に従うことの真実が出雲の地に行って理解出来ました。どうしても人工的に作られた都会の中に暮らしていると、自然と神と人の関係を忘れがちになります。我々は自然に生かされている。神様に生かされている存在である事を再確認しました。

平成三十年五月度


新年度に向けて

  

いよいよ平成30年度が始まります。4月から新しい道を歩む方も多くいらっしゃると思います。私もその一人で、私事ですがこの3月で40年間務めた都立高校教員が終わりました。最後に職場を離れるときに職員カード、セキュリティカード、保険証、鍵をお返したときに、ものすごく淋しい気持ちになりました。そして、新しい年度を迎えることになりました。お陰様で、次の仕事についていろいろとお話しを頂きました。人心開発に関わるような小学校の学習指導補助員の仕事から高収入になる仕事、名誉職まで五つ六つとお話しを頂きました。そして、結局最初にお話しを頂いた最高道徳を実行できるような仕事をご縁と思い、することに決めました。博士の辞世の句「とこしべに我がたましひは茲に生きて御教守る人々の生まれ更るを祈り申さむ」道徳的な人間に生まれ更わることを意味していますが、今の私には第二の人生の選択で最高道徳を十分発揮できる仕事を選択し更

平成三十年四月度


老舗企業の神髄

  

 五月二十四日及び二十五日、日本橋事務所生涯学習セミナーを計画しております。 その初日に外部講師として株式会社伊場仙の代表取締役社長の吉田誠男氏にお願いしました。伊場仙は創業以来四百二十八年の老舗。その社長様が「遠き海原」という「小説」として創業当時の様子を描かれました。明暦の大火ですべてが焼かれてしまいましたので、代々伝えられてきた口伝をもとに書かれた小説。現在の東京は伊場仙の創業者を含め、徳川の人たち、幾人かの外国人、そして数万人にも及ぶ三河人の血の滲む努力によって創り上げられた。伊場仙初代の伊場勘左衛門の父上の業績を知ると、四百年以上続くお店の徳を感じざるを得ません。親・祖先があって今の自分たちがある。親祖先の努力によって今の東京があり、家があり、家族があり、自分があるのだと感じました。

平成三十年三月度


心と栄養学

  

1月19日(金)に日本橋講演会が実施され講師に管理栄養士の梅田やすこ先生をお呼びしました。お話しの中で「セロトニンを生み出し心身の安定を」というテーマがありました。神経伝達物質にはノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンというような代表的な物質があり、私たちの心の動きに大きく作用しています。うつ病、パニック障害・社会不安障害などの不安障害圏の疾患や強迫性障害は脳のセロトニンの異常が一因だと考えられているそうです。このセロトニンの低下は、考えられない(思考制止)、現実をネガティブにとらえてしまう(認知のゆがみ)、仕事にいけない、人と会えない(社会性の低下)、やる気が出ない(意欲の低下)などが生じます。逆にセロトニン分泌物を高め脳内に分泌されると、幸福感や爽快感が高まると言われています。心づかいを学んでいるモラロジーも心の変化に栄養がかなり影響していると思います。多くを学ぶことで私たちの心の安

平成三十年二月度


新年を迎えるにあたって

  

2019年に天皇陛下の譲位が決まり、2018年は様々な変化があるのではないでしょうか。そんな変化の中でも、やはり正月には「門松」「しめ飾り」「鏡餅」は変わらないと思います。このしめ縄を伊勢では『笑門』(写真)といわれて飾られています。これは『その昔、旅の途中のスサノオノ命が伊勢の地に差し掛かった時、日が暮れてしまい、泊まる宿を探すのに困り果てていました。貧しくとも心豊かな蘇民将来は、スサノオノ命をこころよく向かい入れできる限り温かくもてなしました。その夜眠りについたスサノオノ命は夢によって北の国から悪疫が襲ってくることを察知して、蘇民の家に芽の輪を編んで張り巡らせました。一夜明けると村中どこの家も疫病に倒れたにもかかわらず蘇民の家だけが無事に難を逃れたのです。スサノオノ命は旅立たれる際に「これからどんな疫病が流行っても”蘇民将来子孫家門”と書いて門口に示しておけばその災いから免れるであろう

平成三十年一月度

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